エスケープ

 夜も更けてから、近所にある小さい神社まで歩いて、ベンチに座って時間を過ごすのが日課のようになっている。家にいると、自分の輪郭が分からなくなって、訳が分からなくなってしまうので、そういうときに外に出て夜のシンとした空気にふれ、明りのついた家の間を歩くと、ほっとして正気に戻れる感じがする。

 その小さい神社は、昨今の風潮にも関わらず灰皿があり、とても、いい雰囲気なのだ。がらんどうで、でも寂しすぎなくて、じっと座っているだけでも、近所の家からテレビの音や赤ちゃんの泣き声が聞こえてきたり、木々が風でサワサワ揺れたりセミがジリジリ鳴いたりと、にぎやかだ。

 緑色のペンキが剝がれかけたベンチに座って本を読むと、頭がすっきりして言葉がちゃんと入って来る。かゆいなと思うと蟻が腕や足に登っている。知らないうちに何か所か蚊に刺されている。ちゃんと不快だけど、動かずにしばらく滞在する。

 今日は、いつも英単語の教材CDが爆音で流れてくる家から、洋画らしき音が聞こえてきた。やたら壮大な効果音や爆発音だったので、ハリウッドのスペクタクルものかもしれない。継続して英語に触れていると思うと、ちょっと微笑ましかった。

 神社の境内に、黒猫がいた。夜空よりも木陰よりも黒かった。リラックスして堂々としていた。視線を外して戻したときにはいなくなっていた。